鎌倉時代の武士の祝膳を食す!(情報交換分科会報告)

情報交換分科会では色々な情報交換がある中で「日本の食文化」をテーマにした分科会も行っています。
今回は鎌倉の鶴ケ丘八幡宮の参道入口にある、割烹日本料理「御代川」での会食を行いました。
現在の懐石料理の前身となった鎌倉武士の祝膳とはどのようなものかを体験してきました。

令和6年3月26日(火)17時に大和商工会議所に集結した15名の会員は事前に手配したマイクロバスに乗り込み、鎌倉へ向かいました。
会社の帰路渋滞や小雨にたたられましたが、18時30分に目的地へ到着しました。
2階の個室に通されると、ロの字型の席に祝膳の姿が並べられてありました。

当時のお酒は「にごり酒」しかありません。
そのお酒を各自に行き渡ったところで、ご臨席の本田会頭より開席のご挨拶と乾杯を行い、食事が始まりました。
 お店の常務から直々に食事内容の説明を受けながら会食は進んでゆきます。

当時は、醤油などの調味料が無く、食材も油を使用する術も無かったとの事で、食材を直接、「塩」「醤:ひしお、黒味噌、黒酢、はちみつ」「酢味噌」等の三味で口中調味で味わったとの事でした。

調味料の三味
真鯛の昆布締め


前菜の海の幸は魚を細く切って干した保存食です。
生に近い魚で、当日は真鯛の昆布締めと青とさかのりなどが出されました。
ご飯は発芽玄米が一般的だったそうで、とにかく硬くてぽろぽろでしたが、味わいは有りました。
汁物は薄味でしたが、蛤の吸い物でした。

長芋・里芋・うるい
発芽玄米
蛤のお椀


山の幸は今でいう「ジビエ」のキジ、猪、鴨、鹿などらしくて、今回は鴨の炙り焼きでした。
海の幸は当時の鎌倉は海老が多く獲れたそうです、今回は養老海老、サザエ、衣かつぎなどでした。
それ以外は、煮物ですが、当時の鎌倉は芋類が多かったそうで、今回は、長芋、里芋、うるいが出ました。
最後にはお菓子が出たのですが、当時はお菓子文化は多かったそうです。
今回は松の実羊羹、きんかんでいただきました。
現在のような味付けではありませんでしたが、素朴さや食材の味がよくわかる料理でした。

「御代川」は文豪や芸術家にも愛されたようで、色々な方が料理を召し上がれたそうです。

棟方志功
東郷秀樹
川端康成

2時間を超える食事もあっという間でした。
参加された皆様に「御代川」のお酒をお土産に、マイクロバスにて大和商工会議所への帰路に向かいました。

後列左から、小松さん、松尾さん、吉田さん、丸茂さん
中列左から、渡辺さん、加藤さん、宇井さん、高下さん、成沢さん、石見さん
前列左から、新村さん、桑原さん、植木さん、本田さん、橋本さん


鎌倉時代の武士の祝膳を食す!(情報交換分科会報告)” に対して1件のコメントがあります。

  1. file60_admin より:

    幹事より
    次回も「日本の食文化」で面白そうなものを探して企画しますのでお楽しみに!

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